前立腺のはたらきと前立腺がん

前立腺は男性に特有の臓器です。膀胱の真下にあり、尿道を取り囲むように位置しています。
クルミほどの形と大きさで、中心部にある内腺と、辺縁部の外腺に分けられます。
精液の一部である前立腺液を作り、精子の運動機能を助けるはたらきをしています。

~前立腺の解剖図~

前立腺にできるがんを前立腺がんといいます。
前立腺がんは、前立腺の細胞が正常に増殖できなくなり、異常な細胞が修正されずに増殖してしまうことによって発生するがんです。

50歳代から急速に増加し、50~70代の中高年男性に多くみられる傾向があります。

一般的には前立腺がんの進行は緩やかであると言われていますが、一部では急激に進行する場合もあります。

前立腺がんは尿道から離れた辺縁部の外腺にできることが多いため、排尿の症状が出にくく、初期ではほとんど症状がありません。
しかし、がんが進行し、尿道を圧迫するようになると排尿障害などを起こします。

血液やリンパ液を介して、リンパ節や骨へ転移をきたす場合もあります。
前立腺がんが転移してしまうと、「下肢のむくみ」「腰痛」「下半身麻痺」などの症状が現れます。

前立腺がんは男性のがん罹患数の1位を占めており、近年増加傾向にあります。
2019年には、94,748例(人)が全国で前立腺がんと診断されています。

出典:国立がん研究センター「前立腺がん 患者数(がん統計)」
https://ganjoho.jp/public/cancer/prostate/patients.html

早期のうちは症状は軽いことが多いため、自覚症状が出た時にはかなり進行していることも少なくありません。

しかし、現在では血液検査の発達により、早期の発見・治療が可能です。
治療を効果的に行うためには、早期からの治療が重要となるため、男性の方は50歳を過ぎたら、定期的にPSA検査といった検診を受けることが推奨されます。

症状と原因

1.症状

自覚症状

初期の前立腺がんは、無症状である場合も少なくありません。
また、進行がゆっくりとしていて悪性度も低く、寿命に影響しないと考えられる前立腺がんもあります。

しかし、自覚症状として、以下のようなものが挙げられます。

  • 排尿障害排尿困難頻尿尿失禁残尿感など
  • 排尿時の痛み
  • 尿や精液に血が混じる
  • 尿閉(尿が出なくなる) など

このほか、がんが尿道、射精管、勃起神経に浸潤すると血尿血精液(精液が赤い)インポテンス(ED)等の症状も見られます。

転移後の症状

  • 背中や腰の痛み
  • 足のしびれ
  • 足や陰嚢下腹部のむくみ  など

前立腺肥大症との違い

前立腺がんとよく似た症状を持つ疾患に、前立腺肥大症があります。

前立腺肥大症は、前立腺の細胞が増加し前立腺が大きくなってしまうことで発生する、良性の疾患です。
前立腺がんと同じく50歳代以上の男性に多くみられ、肥大した前立腺が尿道を圧迫することで起こる、頻尿や残尿感などの排尿障害が主な症状です。

前立腺がんと同時に起きることも多い疾患ですが、それぞれ別の病気です。
また、前立腺がんの多くが外腺に発生するのに対し、前立腺肥大症は内腺に発生します。
正しい診断と治療を受けるためにも、排尿障害などの症状がみられる場合は、泌尿器科の受診をおすすめします。

2.原因

加齢

決定的な原因は明らかになっていませんが、加齢に伴い発症する可能性が高くなることがわかっています。
前立腺の成長に関わる男性ホルモンのバランスの崩れが、がんの発症と進行に関係すると考えられています。

家族歴

家族内に前立腺がんを発症された人がいる場合、前立腺がんにかかるリスクは2倍~5倍程度に及ぶと報告されています。

食生活

食生活と前立腺がんとの因果関係は明らかになっていませんが、一説では、肉類や乳製品などの動物性脂肪の摂りすぎは発症リスクを高めると言われています。
前立腺がんの患者数の増加の要因として、食事の欧米化により、肉類や乳製品を摂取する機会が増えたことも指摘されています。

診断・検査

直腸診

肛門から直腸に指を入れ、直腸の壁越しに前立腺を触診します。
前立腺は直腸に接しているため、がんはある程度の大きさまで進行すれば指で診断することができるのです。

前立腺の大きさ、しこりの有無、表面の弾力性を確認します。

正常な前立腺は弾力があり、がんが進行していると石のように硬くなります。

超音波(エコー)検査

超音波を用い、前立腺の大きさの測定・形状などを確認します。

PSA(血液)検査

前立腺がんを早期発見するのに有用な血液検査です。
PSA値が高いほど前立腺がんの疑いが高くなります。

PSA(Prostate Specific Antigen)とは、前立腺で特異的に作られるたんぱく質の一種で、前立腺特異抗原とも呼ばれます。
ほとんどは前立腺から精液中に分泌されますが、一部が血液中に取り込まれるため、健康な人の血液中にも存在します。

前立腺がんや前立腺肥大、炎症があると、血液中にPSAが大量に漏れ出します。
このためPSA値が高くなった場合は、前立腺に前立腺がんや前立腺肥大、前立腺炎など、何らかの病気や傷があると考えられ、より詳しい検査を受ける必要が生じます。

PSA値の正常値は年齢によって異なり、高齢の方ほど高くなる傾向があります。

~基準値~ ~4.0ng/ml

(年齢階層別基準値)

64歳以下~3.0ng/ml
65~69 歳~3.5ng/ml
70歳以上~4.0ng/ml

MRI検査

細胞の原子核と磁力との共鳴現象を利用し、体内の状態を画像化します。
前立腺がんの有無、部位、浸潤(かんの広がり)などを調べます。
近年急速に進化している検査であり、高い精度での診断が可能です。

この検査は、近隣の施設で受けていただくため、速やかに手配致します。画像検査の結果は当院でご説明致します。

前立腺(針)生検

精密検査の結果から、がんが疑われた場合には、前立腺針生検を行います。

前立腺の組織を採取して、顕微鏡でがん細胞の有無やがんの性質などを調べる検査です。
検査は麻酔を用いて行います。

肛門から超音波器具を挿入し、前立腺を観察しながら細い針を刺して組織(10ヵ所程度)を採取します。
前立腺生検で前立腺がんがみられなかった場合にも、PSA値の高数値が継続すれば、再度の生検が必要になることがあります。

また、前立腺生検を行った後には、合併症として、血尿や血便などの出血症状、排尿困難などの合併症が生じる可能性があります。

~前立腺針生検(図)~


~当院では日帰りの前立腺針生検を行っております~

病期(ステージ)診断

前立腺針生検でがんと診断された場合は、CT・骨シンチグラフィなどの画像診断(他院で撮影した結果を当院でご説明します。)を行い、前立腺がんの広がりや転移の有無を調べ、病期(ステージ)を診断します。
また、PSA値や前立腺針生検で得られたがんの悪性度なども参考にリスク分類をします。

病期の分類は、がんの位置や転移の有無などから、TNM分類という分類法に基づいて行われます。
それぞれの病期の詳細は以下の通りです。

病期進行の特徴主な治療方法
病期A前立腺肥大症などの手術で、偶然発見された小さながん・監視療法
病期B前立腺内部の狭い範囲にみられるがん・手術療法
・放射線療法
・ホルモン療法
・監視療法
病期C前立腺の被膜を超えて、周囲の脂肪組織や精のうなどに広がってきているがん・放射線療法+ホルモン療法
・ホルモン療法
病期Dリンパ節や骨に転移のあるがん・ホルモン療法

※横にスクロールしてご覧いただけます。

また、病期の他に、悪性度を示すグリソン・スコア(Gleason score)という指標もあります。

グリソン・スコアでは、前立腺生検で得られたがん細胞を調べ、2~10までの9段階のスコアによってリスクを分類します。
グリソン・スコアが6以下のがんは性質のおとなしいがん、7は中くらいの悪性度、8~10は悪性度の高いがんとされます。

治療

監視療法

比較的おとなしく、がんが前立腺内にとどまっている場合や、症状のない超高齢者の方の選択肢で、この療法には適用条件が定められています。

積極的な治療はせず、定期的な血液検査と生検を実施し、経過を観察する方法です。
手術などの治療による体の負担を避け、生活の質を保つことができます。

手術療法

がんが前立腺にとどまっている早期がんに対しては前立腺全摘除術を行うことができます。
前立腺と隣り合う精のうを含めすべて摘出し、尿道と膀胱をつなぎ合わせる手術です。
術式は開腹術」「腹腔鏡下手術などがありますが、最近はより低侵襲で精密な手術が可能なロボットを用いた腹腔鏡手術(ロボット支援前立腺前立腺全摘除術)が急速に普及しています。

手術後には多くの場合、尿失禁や勃起障害といった症状が起こります。時間の経過によって、また飲み薬などの治療によってある程度は回復しますが、完全に治すことは難しい場合もあります。

放射線療法

放射線を照射して、がん細胞を死滅させる治療法です。

前立腺に限局した早期がんに対しては、手術同様の治療成績が期待できるとされています。
また、前立腺周囲に広がったがんに対しても、放射線療法に内分泌療法を加えることで、がんを根治できる可能性は高くなります。
一般的に体への負担が少なく済む点もメリットといえます。

放射線療法には体外から照射する外照射療法と、放射線を出す小さな線源を前立腺内挿入する組織内照射療法があります。(外照射療法)

1.3D-CRT(三次元原体照射)

三次元のCT画像で前立腺周囲の立体地図をつくり、最も効果的に当たる方向から照射する方法です。

2.IMRT(強度変調放射線治療)

複数の放射線ビームを組み合わせ、照射量に強弱をつけ、がん細胞に集中して照射する方法です。正常組織への線量を抑えることができ合併症の軽減が期待されます。

3.粒子線療法

水素原子を使った「陽子線治療」や炭素原子の原子核をビームに収束する「重粒子線治療」があります。前立腺がんに対する有効で副作用の少ない療法として注目されていますが、治療可能な施設が限られています。

(組織内照射療法)

1.密封小線源永久挿入治療

線源を永久的に前立腺に埋め込み、体内から放射線を照射する治療法です。放射線量は徐々に減り、1年後にはほぼ放射能の影響を気にする必要はなくなります。

2.高線量率組織内照射療法

外照射療法と内分泌療法を組み合わせることで、前立腺周囲に広がった局所進行がんや高悪性度の限局がんに対しても有効な治療法と言われています。

薬物療法

1.内分泌(ホルモン)療法

前立腺がんは男性ホルモン(テストステロン)の影響を受けて大きくなる性質があります。体内の男性ホルモンを低下させたり、その作用を抑制することでがんの増殖を抑える治療法です。

脳下垂体からの男性ホルモンの分泌指令を低下させる注射薬と、男性ホルモンの作用を阻害する内服薬(抗アンドロゲン薬)があります。
他の臓器への転移がみられるがんや、手術や放射線治療を行うことが難しい場合に適用となります。

2.化学(抗がん剤)療法

前立腺がんの薬物療法の柱は内分泌(ホルモン)療法ですが、それまでの治療で効果が期待されなくなった場合は抗がん剤の治療が行われます。

まとめ

前立腺がんの治療は多岐にわたり、治療期間は長期にわたるため、患者さまに合った適切な治療を選択することが重要です。
医師は、患者さまの全身状態、年齢、前立腺がんの病期などから治療を提案します。治療による効果だけではなく、治療に伴う合併症や有害事象、予後などについても説明します。

その上で、患者さまはご自身(ご家族)の生活や治療に対する希望を医療者へ伝えていただき、納得できる治療を選択して下さい。

当院では初診時から、検査、治療まで丁寧に説明し、患者さまの意思決定を全力でサポートします。

また、手術・放射線治療・化学療法については、基幹病院で入院・通院中も安心して治療を継続していただけるように連携を図っております。